2013年
02月17日

第24回 「伴林光平とゆかりのある史跡などを巡る」

実施日 平成25年2月16日(土) 近鉄八尾駅 9時半集合

歩いたコース

近鉄八尾駅噴水前 ⇒常光寺⇒飯田忠彦碑⇒光平碑⇒矢作神社⇒植松墓地⇒五条宮跡⇒田井中会館(休憩)・神剣神社⇒志紀公園⇒聞法寺⇒弓削霊園⇒柏原神社⇒ 三田家&舟どまり跡⇒黒田神社(解散)JR柏原駅又は近鉄堅下駅へ      6キロ~約6.5キロ       

空は晴れ風弱く、歩く条件はよい。河内街道を経て、常光寺にて三門の補修が完了したところを見て頂く。門前にある西岡家と光平のつながりについて、歌集「垣内摘草」のことを説明した。光平のそびえ建つ碑のある公園で、玉祖神社の前に建つ光平の碑と、八尾に二つある理由、碑文を撰した大西啓太郎の家が西隣りにあったことを説明する。矢作神社の境内で記念写真を撮り、五条宮跡を経て田井中会館に到着。(昼食)午後は、志紀公園にある戦争遺跡を見てもらい、聞法寺の前を通り、弓削霊園へ。﨑本さんより、相撲力士の碑のことを説明して頂き、西村家の墓碑と合わせて見てもらう。

三田家では、当主さん自ら光平の関係やお屋敷のことを話して頂き、所蔵されておられる光平自筆の軸をも見せてもらえて、参加された方々に喜んでもらえて何よりでした。弓削霊園から三田家までのコースを柏原市のガイドの会の皆さんにして頂きました。(案内・記 二保)

 

2013年
01月27日

第23回 河内・十三街道を歩く(深江・布施~長瀬)

平成24年12月15日  天候 曇り時々晴れ
歩いたコース

スタート → 本町通り商店街(布施戎神社・足代安産地蔵・だんじり・放出街道) →

ブランドーリふせ商店街(十三街道の起点。放出街道の一部) →

深江稲荷神社・深江郷土資料館・段倉 → 法明寺 → 法明寺案内地蔵(暗越奈良街道)→

長堂集会所(昼食・説明) → イオン布施駅前店前(大蔵神社跡・宮の下遺跡) →

「十三こゑ」道標と都留弥神社 → 長瀬川(菱屋橋・菱屋西新田・俊徳道) →

光専寺(石橋保存) → 上小阪八幡神社 → 「御本山道」 → 長瀬公園(解散)15時 歩行距離 (約8.0キロ)

布施駅南側の本町通り商店街を歩き、都留弥神社旧社地である布施戎神社や足代安産地蔵・だんじりを見る。その後、布施駅北側のブランドーリふせ商店街を北上し、東成区深江へ向かう。ブランドーリふせ商店街には十三街道の起点があり、放出街道の一部も重なっている。深江では深江稲荷神社と深江郷土資料館を訪れ、この地の伝統工芸品である菅笠や鋳物などの説明を受けた。平野の大念仏寺を中興した法明上人ゆかりの法明寺(雁塚)と法明寺案内の石碑のある地蔵を見て、昼食場所の長堂集会所へ。 文化5年11月に伊能忠敬が大坂から大和へ向かって十三街道を歩いた日記を説明。深江村に宿泊して天体観測も行っていることなどを紹介。 午後の部は、南東方向に旧街道を歩きました。 旧荒川村に入ると「十三こゑ」と刻まれた道標がある。荒川に移された現在の都留弥神社に立ち寄り、永和(荒川村の枝郷の横沼)へむかう。市街化で旧道が残っていないところもあるが、かすかな痕跡を探しながら菱屋西の長瀬川まで歩く。 大和川付け替え前は川に渡しがあったが、菱屋西新田ができて川幅も狭まり、伊能忠敬が歩いたころは土橋となった。その後に石橋に変わったがこれも掛け替えられて、石材は近くの寺院に残されている。 旧村の中心部であった八幡神社付近は面影を残している。八幡神社で折り返して長瀬公園へ向かう。その経路は大念仏寺への道の「御本山道」であり、近畿大学前の商店街や長瀬公園の中を道が通っている。 街中とはいえ、天候が心配されましたが、傘は不要で助かりました                  案内・記 松江さん

 

2012年
12月17日

第22回 「河内西国札所(石切駅~野崎観音)を歩く」

石切駅では、小雨が降る中をスタート。丹波神社は、江戸時代大坂西町奉行で日下村の領主となり、この地で没した曽我丹波守又左衛門古祐(ひさすけ)を祀ってある。日下村の領主として数々の善政を行った丹波守の遺徳を偲ぶ村人たちが、25回忌の時に墓を立て、後年その墓碑の上に社殿を建てて、“丹波神社(たんばじんじゃ)と称して祀ったとのこと。福万寺に陣屋が置かれ、明治元年まで代々曽我氏の支配地だった。福万寺墓地に亀跌の上に乗った曽我左衛門永祐(ながすけ)の墓碑がある。太龍寺では秋景色が映えた景色を見れ、本堂に上り仏さまを拝むことができた。菩提寺の境内では丁度色づいた木々は見ごろで、庫裏をお借りして昼食。保存してある貴重な駕籠を見せて頂いた。来ぶらり四条では大東市立歴史民俗資料館を見学、学芸員さんの案内で館内の展示物の説明をして頂いた。9月から展示されている、近世大東の村落『河合家文書』から見える三箇村(さんがむら)の古地図など興味あるものが多数みるもることができ、ラッキー。雨がひどくなっていたが、慈願寺(野崎観音)の境内を拝観し、石造九重層塔を見に行く。少し、距離が長かったが、立ち寄った旧河澄栄家の建物や庭、専應寺など見所の多いコースで、降りしきる雨もさほど気にならず、案内して頂いた史跡で田村節を聞き、楽しく歩くことができた。記:二保

歩いたコース  実施日 平成24年11月17日  案内  田村さん

集合場所 近鉄石切駅に集合   

 スタート → 丹波神社 → 正法寺跡 → 第28番:太龍寺 → 

東地蔵・慈雲尊者の常夜灯 →  旧河澄家 → 安岡正篤旧宅 → 第29番:菩提寺

→ 足立氏屋敷跡 → 古堤街道の道標 → 大阪桐蔭高等学校 → 

東高野街道の案内札→ 寺川〈蓮光寺跡〉 → 来ぶらり四条 → 専應寺

→ 特別客番:慈願寺(野崎観音)

 JR野崎駅 (解散)15時半 歩行距離 (約9.5キロ) 

2012年
12月13日

第21回 「龍田大社・風神の伝承地を歩く」

ケーブル、バスを乗り継いで信貴山門、ここから歩き始めました。柏原市本堂にある生安寺に寄り、車道を南下。奈良盆地の東側の山脈、三輪山とその向こうに高見山、さらに大和三山から大峰山脈もかすかに、金剛、葛城、二上が重なりPLの塔も見え、山の展望を満喫しながら御座峰に到着。ここは龍田大社の祭神である風神が降臨した聖地で、風鎮大祭の翌日神官が参拝します。 三室山三角点から三室山古墳群を見て大和川河畔の磐瀬の杜へ。ここでは例大祭の前日、生きた魚を川神に供える瀧祭が行われます。 龍田大社は秋祭りで賑わっていました。

歩いたコース  実施日 平成24年10月20日    案内 米田さん

集合場所 近鉄信貴山口駅に集合

 ケーブルで高安山へバスに乗り信貴山門に移動。

スタート → とっくり湖堰堤 → 生安寺(しょうあんじ) → 御座峰(ござみね)→ 

竜田古道の里公園(昼食) → 傳龍田神社本宮趾 → 三室山展望台(三角点) → 

第二広場 → 三室山古墳群 → 関地蔵 → 磐瀬の杜 → 神南備(甘南備)神社 →

龍田大社(解散)14時半 → JR三郷駅へ  

歩行距離 (約8.0キロ) 

2012年
12月13日

第20回 「八尾の地蔵さん 水呑参道の仏たち」

水呑参道は十三街道の十三峠へつながる道中で、奈良時代から難波と奈良を結ぶ主要な街道であった。神立延命地蔵堂にある一番から、参道の石仏は四国八十八所巡礼を模して造られていたようだが、番号が飛んだり、破損したものもあって、四十番が最後となっている。そのほとんどの石仏は、地蔵菩薩ではなく、弘法大師像・釈迦如来像・大日如来像・阿弥陀如来像・薬師如来像・千手観音像・十一面観音像・虚空菩薩像などである。それらの像のお姿や、手印・持ち物の特徴など一体一体の石仏を区別してもらえたらと願い案内させてもらった。又、服部川八幡宮では八幡社の祭神やその由来と楽山上人作の地蔵像、神立共同墓地(河内七墓の一つ)五輪塔・宝篋印塔の違いや、六地蔵などのいわれについて説明をした。

歩いたコース   実施日 平成24年9月15日   案内 高井さん

集合時間 9時30分   集合場所 近鉄服部川駅付近公園に集合(スタート)

服部川八幡宮 → 大窪薬師・道標・地蔵堂→ 西口地蔵・観音造・神立墓地 → 

北小路地蔵・神立地蔵堂 → 水呑地蔵院(昼食) → 神立茶屋辻・玉祖神社 →

 (解散)14時半 服部川駅に向かう 歩行距離 (約7.5キロ)

2012年
12月13日

第19回 「長瀬川沿いを歩く ー 古絵図を見ながら -

空は雲あり梅雨明けの炎天下は避けられそう、各自で水分補給を心がけること。渋川神社は長瀬川の北側にあったが、天文2年(1533)5月の大洪水で流され、元亀元年(1572)に現在地(もとの御旅所)に鎮座された。祭髪は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、饒速日命(にぎはやひのみこと)JR線の踏切を渡り、安中新田会所跡に移動、この新田の開発は宝暦12(1762)、玉手山にある安福寺の珂慶上人と縁があり、田原本出身の植田家林蔵が初代支配人となり、現在まで続きその屋敷が安中新田会所跡として八尾市の指定文化財として保存され、中を見ることができる。八尾高校内にある「狐山」を見る、大和川付替え以前の堤防であった。狐山の位置は河川敷が局部的に西に張り出ていて、この位置から用水路が分岐していること、厚さ5mに及ぶ盛土層は、洪水による堤防決壊部分の締め切りとその上部の築堤のための盛土であると考えられている。長瀬神社では、宮司さんの説明を聞きいいた後、拝殿の那珂にある、元禄三年の年号のある燈籠を見せて頂いた。この地は明治22年7月、渋川郡長瀬村となり、昭和12年に布施市、昭和46年東大阪市長瀬町となる。長瀬墓地は河内七墓の一つで、行基が設けた。行基供養塔、念仏宗の祖法明上人の御廟がある。波牟許曽神社は式内社で、延喜式神名帳に記載されている。江戸時代には広い敷地を持った大社であったと考えられている。旧住所表示は渋川郡北蛇草郡字ケという。蛇草はハミクサで神社名かた地名となったようである。波牟許曽のハムは蛇のことべ、コソは社との解釈が一般的である。ハムコソがハムクサ、さらになまってハグサとなった。時折、空模様が怪しくなり雨が降りそうであったが、傘をささずに歩けたのは、願ってもない天候に恵まれた。

歩いたコース 実施日 平成24年7月21日   案内 常谷さん

集合場所 JR八尾駅南口 渋川神社境内に集合(スタート)

 渋川神社 → 安中新田船着場跡 → 久宝寺上樋 → 狐山(八尾高校内) → 

久宝寺船着場と八尾浜 → 金岡公園(昼食) → 大蓮寺跡 → 長瀬神社 → 

吉松新田会所跡 → 長瀬墓地 → 波牟許曽(はむこそ)神社(解散) 14時半 

近鉄 長瀬駅(5分) JR長瀬駅(10分)(約9キロ)

2012年
12月13日

第18回 「楠木正行ゆかりの往生院から高安山へ」

瓢箪山駅から南北につながる商店街を南進し(商店街の道が東高野街道(京みちです)。四条一里塚跡を経て瓢箪山稲荷神社を拝観。瓢箪山稲荷神社の祭神は保食神(うけもちのかみ)で日本三稲荷の一つで、辻占(つじうら)の総本社です。瓢箪形をした双円形の瓢箪山古墳上に祀られています。辻占の場所が「うらば」で、もと東高野街道沿いにあった。東大阪市立郷土博物館では、中西学芸委員さんより館内の説明を受けたあと、引き続き山畑2号墳を案内して頂く。全長16.6mの府下最大の横穴式石室が保存されていて、室内はいくつもの巨岩で組み立てられその大きさには驚きです。二本松古墳では、墳丘・石室ともにほぼ完全な姿で残存するもので、天井石は八尾の愛宕塚古墳に次ぐ大きなものが使われているそうです。

楠木正行ゆかりの史跡では、南北丁時代、南朝方の武将楠木正行は往生院を本陣として、北朝方の高師直の大軍に立ち向かったが、四条縄手合戦で討死しました。東大阪市上四条町には戦いの伝承があちこちにあり、道すがら立ち寄ったのが「小楠公終焉所の碑(霊光院)」、そしてこの付近には、和田賢秀の伝承に由来する「歯神(はがみ)さん」の祠がある。そして陣を敷いた往生院を拝観、住職さんより境内・及び民具供養館・小楠公御墓の案内と説明をして頂いた。後醍醐天皇に縁があるという醍醐寺(安楽寺)、常光院、大賀世神社を経て、しおんじやま古墳に到着。解散

歩いたコース 実施日 平成24年5月19日   案内 桝井さん

近鉄 瓢箪山駅(スタート)

 瓢箪山駅 → 東高野街道と一里塚跡 → 瓢箪山稲荷神社 → 

成山古墳 → 東大阪市立郷土博物館→ 山畑2号古墳 → 地蔵谷川分水樋 → 

二本松古墳 → 高塚古墳 → 往生院六万寺(昼食)→

醍醐寺 → 常光院→ 大賀世神社 → しおんじやま古墳学習館

(解散 15時 約9キロ) 

2012年
12月11日

第17回 「村相撲力士の墓碑を訪ねる」

“すもう”の歴史は古代に遡るが、「大坂相撲」が勧進相撲開催の許可を得たのが元禄期

(17世紀末)であった。

村の氏神や郷社の祭礼に試合・奉納していた素人相撲が、「親方(頭取)」を中心に

相撲部屋が組織する

ようになるのは河内では18世紀末頃とされる。明治時代には河内を中心に約80もの

村相撲部屋が生れ、8つの相撲組合が設けられた。

八尾市域では、十の部屋があり、プロの大坂相撲や統一後の大相撲とも地方巡業や

力士養成を通じて関係をもっていた。活躍の場は、伝統的な宮相撲(奉納相撲村々の

神社の外に玉祖神社の秋祭)や夜相撲などで部屋の交流も盛んであった。

歩いたコース   (実施 平成24年4月21日)  案内 嵜 本 さん

集合場所 近鉄 久宝寺駅駅   

久宝寺墓地<東川部屋。礒川部屋> → 久宝寺寺内町<許麻橋地蔵・顕聖寺・慈願寺・札の地蔵> 

→ 本町橋 → <西郷墓地> → 常光寺<力士碑・森本行誓碑> → 八尾寺内町

<天満宮・大信寺・昼食> → 慈願寺 → 八尾共同墓地<浄源寺墓地> → 安中共同墓地

<絹川部屋>→ 渋川神社(解散) (15時半 約9キロ)

 

2012年
12月09日

第16回 「道鏡、弓義宮伝承地を歩く」

道鏡の故郷である河内国弓削に造られた西の京。古より諸説に彩られた

幻に都(みやこ)を発掘調査の成果を踏まえて紹介

『続日本記』に神護景雲三年(769)10月17日に、称徳天皇が

由義宮に行幸したことが書かれている。

この「ゆかり」があったとされる、弓削寺・行宮の跡と

その周辺の史跡を訪ねる。

歩行コース  実施日 平成24年3月18日    案内人  田村さん

 近鉄 法善寺駅(スタート) 十三仏地蔵尊碑 → 法善寺廃寺跡 → 弓削神社(弓削町)→ 

弓削神社(東弓削) → 都留美島神社 → 弁財天塚 → 善立寺 → 

曙川コミセン(資料の説明・昼食)→ 由義神社(由義宮旧址碑) → 矢作神社 → 

安中小学校(龍華寺址碑)  解散  15時 約10キロ

2012年
12月09日

第15回 「大窪・神立の古墳を歩く」

前日の天気予報では雪とのことで、天候が心配されましたが、寒いながらも無事に心合寺山までたどりつけました。明治21年に坪井正五郎・山崎直方両氏のスケッチによって紹介された古墳(塚穴)を求めて、古絵図を頼りに彼らの足取りを考えてみました。

案内者の思い入れが強すぎた感はありましたが、スタッフや参加者の方々の補足説明や、古絵図の写真パネルを見せて下さった歴史民俗資料館、境内での昼食をお許し下さった玉祖神社、屋内での説明場所として館内を使用させていただいた心合寺山古墳学習館、そして説明を聞いて下さった参加者の皆さんに感謝致します。また、午前中はFMちゃおのレポーターが同行され、当日午後2時30分に録音によるレポートが放送されました。(松江記)

歩行コース  実施日 平成24年2月18日     案内人 松江さん

スタート ⇒ 服部川公園 ⇒ 八尾市立歴史民俗資料館 ⇒ おうとごえ道標 

⇒ 岩田山→狸山 ⇒ 大窪のドルメン ⇒ 芝塚2号墳址 ⇒ 芝塚古墳 

⇒ 玉祖神社(昼食)・伴林光平墓 ⇒ 伊能忠敬天体観測推定地 ⇒ 愛宕宮・愛宕灯篭 

⇒ 愛宕塚古墳 ⇒ 小字フタゴ塚付近 ⇒ いろは文五郎碑・地蔵・高安遊園地道標 

⇒ 心合寺山古墳学習館で説明、解散。3時           (歩行距離 約7キロ)

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